井戸茶碗の謎解き 井戸の指跡 野口以織 以織窯

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井戸の指跡

〈たかが指跡ですが、こうしたことが大きなヒントになりますし、指標になります。〉

十数年前、井戸もどきを焼いて得意そうにしていた爺は、泉屋傳古館所蔵の小井戸茶碗「六地蔵」を真似て、施釉を終えるごと、釉薬が乾かない内に持ち上げて、わざと胴に指跡を付けていました。その頃の爺の施釉ではわざわざ指跡を残す必然などありはしませんでした。(素地も釉薬も今の材質と違うからです。)思えば恥ずかしい行為です。ただただ「六地蔵」の釉なだれと指跡らしきものが魅力的で、意味のない行為に悦にいっていたものでした。井戸茶碗とりわけ小井戸茶碗の胴の多くに(正確には多くの写真印刷に)指跡らしきものが付いているのを井戸陶芸を目指すあなたなら見逃すはずはないでしょう。どう見ても「指跡」以外考えられないあの痕跡を、ともかく「指跡」と仮定して爺の話をお読みください。

「六地蔵」を筆頭に名碗と挙げられる「老僧」「上林」には顕著に跡が見られます。青井戸茶碗にも発見できるはずです。施釉という最後のお化粧を終えて、なにもわざわざ指跡を残す必要はないでしょう。美的表現のため「表情を工夫した」という意見もお有りでしょうが、爺には古作の井戸陶工にとって指跡を残さざるをえない「必然」が有ったとしか思えません。爺は謎解きの最初の項で「井戸茶碗の用途は原産国の人々にお任せして」と記しましたが、結論的にこの指跡が作業上の効率化だとすると、小井戸茶碗と青井戸茶碗は「雑器」として作られたということを示唆しているように思えます。でも、爺の本心は小井戸も青井戸も「雑器」として括りたくないのですが。

仮定の上に仮定の話で恐縮です。本歌の井戸茶碗の胴体にまま残る指跡らしき痕跡を「指跡」と仮定した上、爺の調合する井戸釉薬が古作のそれの性質に近いと仮定させていただくと、施釉時に「指跡」は必然に付きます。粘着性の高い爺の井戸釉は、素地に総釉掛けを行ったままサン板に直接載せると、板に高台部(畳付き)がくっついて離れなくなってしまいます。無理に剥がすと、生素地の高台が壊れます。本歌の井戸の畳付きは大雑把に2種類あります。多くの大井戸のように畳付きの釉をきれいに剥がしたものと、小井戸青井戸に多い目跡を付けて浮かし焼きしたものの2種です。爺はもっぱら畳付きに付いた釉薬を剥がす方法を採っています。(正直言えば古作の目跡が出来る材料と施釉方法が爺には不明です。)かく言う爺の施釉方法では、施釉直後サン板に載せる必要は有りません。畳付きに付いた釉薬を剥がしてから載せればいいことです。これでは取りざたする意味を失いそうです。しかしながら爺がお伝えしたいことはサン板に載せる以前の話しです。

施釉を終えて、ともかく一度は井戸生素地を板床に下ろさねばなりません。しかし、このままでは床と素地とが離れなくなってしまいます。そこで床に置いたとたん、もう一度素地を持ち上げて別の場所へ移します。別の場所といっても特別な場所が有るわけでなく、床の延長へです。こうするだけで生素地は床から離れるようになります。この時、素地の胴体へ指跡が付きます。しばらくして釉薬の水分が素地に吸収されて生乾きになったところで(持ち上げても安全になったところで)畳付きを湿布に擦って余分な釉薬を剥がします。そしてサン板の上に収めるわけです。くどいようですが、施釉したとたんでなくてはなりません。もたもたしていると一次置き時に床に張り付いてしまいます。張り付いてしまう頃持ち上げても、もう指跡は付きません。仮定の上の仮定の話しでは有りますが、昔の井戸陶工も同じ行為をしていたと、爺は思っています。ただし湿布の上に最初から置く方法も有ります。こうすれば指跡を付けずに施釉プロセスを終えることが出来ます。しかしこの方法はリズミカルでないので量産的な作業には合いません。昔の井戸陶工は「作品」を作り出しているわけでなく、あくまで民窯の「廉価品」を作り出していると思う爺は、二度置方法で指跡が付いてしまう作業を採用しています。

爺作・指跡がはっきり付いた小井戸茶碗。
基本には爺作井戸茶碗すべてに指跡が付いていますが、これほど鮮明にリズミカルな景色で付くことは稀です。
もちろん意図して手の向きや指の形を決めることはありません。

結論すれば素地土と釉薬の材質が求める施釉方法によって指跡が付く必然が生じるということです。古作の井戸の一部しか実見したことのない爺ですので、全部が全部、爺の説く方法とは言い難いし、また言うつもりもありません。しかしながら、あの大井戸茶碗「細川」にだって指跡は残っているのです。

やはり、この謎解きの最初の項でご紹介した爺の井戸参考書・淡交社発行「茶道具の世界2・高麗茶碗」の21ページをご覧ください。名碗「細川」が俯せ姿で撮影されています。見事にカイラギが表れた腰部を見てください。左側に三箇所、右側に二箇所、ほら指跡があるでしょう。2年前畠山記念館へ「細川」に会いに行った爺の目的のひとつに、この指跡の確認がありました。爺の夢想に過ぎないのかどうか?果たしてそれは指跡と呼ぶにふさわしい痕跡でした。しかも小さな可愛い指跡です。爺は想像しました。井戸職人の傍らで幼い陶工見習いがソーッと持ち上げて付けた指跡ではなかろうか。か細い指をした彼女は陶工の娘かもしれないなどと。「細川」は確かに丁寧に扱われたようですね。本を開いたついでに隣り(20ページ)の「細川」見込みを写した写真を虫メガネで見てください。釉ガラス上に小さな亀裂が見えるはずです。これを「貫入」と解釈するか「カイラギ」と解釈するかで井戸焼き再現の方向が違ってきます。爺は自信を持って「カイラギ」と解釈しています。

「細川」のカイラギ(一般的に言うところの高台部のカイラギ)は他の井戸茶碗と違う風情ですね。といっても伝世の井戸茶碗のカイラギはそれぞれ特徴的なのですが、それにしても「細川」は特異です。これについては日頃の実験結果が運良く出ましたら、またお伝えいたします。(2010/12/14)

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