井戸茶碗の謎解き 化粧土&ロクロ 野口以織 以織窯

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続いて化粧土そしてロクロ術のこと

前項からの続きです。たぶん爺はあらすじを書いているようです。

爺がなぜ井戸には化粧土が必要と気付いたのか?実は全くの偶然からでした。井戸の釉薬の話しは混雑がひどくなるので後回しにいたします。井戸はすべてカイラギのグラデーションだと方向性を決めてから一年ほどかかったのでしょうか、よく覚えていません。ともかく縮れる、つまり施釉箇所全体が縮れる釉薬を作り出せました。ただ爺が期待する縮れ具合は生まれません。施釉する素地土によって縮れが異なることがわかったので、多種の土を単味や混合土にして、ただただやみくもに施釉していきました。ある日のテストでこっちの土では大きな縮れが、あっちの土では小さな縮れが生まれました。そこでひらめいたのです。

井戸のカイラギグラデーションとは、皆さんが一般的に言う高台周辺のカイラギだけを指しません。焼き上げられた釉ガラス全体がカイラギをなしていると爺は主張します。井戸の特徴のひとつに挙げられる小さな貫入は正確には貫入ではありません。カイラギです。井戸の釉薬は薄いところは小さく、濃いところは大きくカイラギ化します。カイラギ化の大きさは土の吸水率や土の粗さにも関係します。古作の井戸茶碗では高台削りをした部分と釉薬の垂れて重なった、つまり釉薬が厚く掛かった部分が大きなカイラギ化をしています。このことに関して爺はたかをくくっていました。高台削りによって土の表面が荒くなった部分が大きなカイラギ化をするのだろうと。ところが実際は削った部分も削らない部分も古作のカイラギ化の差ほどにカイラギ化しないのです。来る日も来る日も土を変えて施釉を繰り返しても結果は同じでした。それにこの頃の爺は素地土の吸水率を下げる意味も含めて化粧掛けが必要であるとまでは気付いていません。古作の表情さえ出せればいいと表面的にしか捉えていませんでした。

大きくカイラギ化する土に小さくカイラギ化する土を化粧掛けする。次に高台削りをすれば大きくカイラギ化する土が顔をのぞかせるではないか。古作のようにカイラギ化の差異がが生まれるはずだ。

ひらめきはしたものの、果たしてどの土を素地土として、どの土を化粧土にすれば良いのかは決定付けられません。相性は大切です。素地土と化粧土だけでありません。それにカイラギ化する釉薬との相性が求められました。もう記憶定かでは有りませんが、ほとんどの土の上で施釉の度に釉薬はめくれていました。カイラギ化はするのだけれど使える土には出会えません。それにもうひとつ問題が有りました。爺のひらめきに従うと、井戸は化粧土を掛けた後に高台削りをすることになります。やったことはありません。試すほかないのです。そしてこのことは個人の資質に関わる次の問題も発生させました。

化粧土を掛けた後に高台削りをするということは、高台を削るだけで成形終了を意味する訳ですから、高台部以外の所ではロクロ引きが完成されていなければなりません。「そんなロクロが引けるのか?」爺の力量は目に見えています。削る部分が僅かしかないのに焼成後の重量を大井戸茶碗なら350グラム程度に抑えねばなりません。土の収縮率を考えるに(正確に計ったことはありませんが)水引き直後、直径180ミリアップの大きな井戸形を引かねば、焼成後、大井戸の大きさである直径150〜155ミリは望めません。ましてその大きさのものを生乾きの内に化粧掛けしなくてはならないのです。今まで培ってきたロクロ技法は役に立ちません。役に立たないのなら捨てるしかありません。東京国立博物館蔵の大井戸茶碗「有楽」がわかりやすく例を見せてくれています。「有楽」の胴部と高台最下部の竹節は同じ表情をしていませんか。下の竹節部と胴部の間、つまり腰部に一般的にいうところのカイラギを生じていますね。爺が提唱する化粧掛けを「有楽」がされていても、されていなくても、ロクロ引きされた後の高台削り時に高台内部と腰部のみを削られていることになりませんか。見事なロクロ技術です。

井戸茶碗の特徴に挙げられる重要なひとつに胴部のロクロ目があります。古作を見ますとこのロクロ目が強く表れたもの、逆にふっくらと弱いものなど色々です。爺は長い間、ロクロ目は高台削りと時を同じくして腰部を削った痕跡だろうと思ってきました。ただ削りだしの痕跡は窪んでいるのに、逆に古作はふくらんだロクロ目を持つものが多いので疑問に思っていました。ところで今度は高台内部と腰部を削るだけで成形を完成させるにたるロクロ引きをせねばなりません。それはロクロ目を削って出すのではなしに、水引き最中に表さねばならないことを意味しています。前述のふくらんだロクロ目が出来る理由にたどり着きました。ただし思考だけ。次にはすることは、なぜロクロ目が出来る水引きなのかを試行しなくてはなりません。それもロクロ目を出すため水引き中に細工をするのではなく、必然によってロクロ目が出来てしまうロクロ術を身につけなけれウソになります。

大井戸茶碗「細川」の展示が運良くやって来たのが2年前の平成20年の春です。爺のロクロは確証をもてないまま回っていました。平日の畠山記念館は人もまばらでした。階段を上がると目的の「細川」が、すました顔をしてこちらを向いています。写真で見る枇杷色ではありません。グレーがかったうすいピンク色とでもいうのでしょうか、ともかく上品な上品なフォルムをしていました。爺の井戸作品集の井戸碗たちも爺の写真術のおかげで気の毒です。ここで言い訳も変ですが、あんなにきつい表情をしていません。カイラギ化ばかりが目立って、爺の言わんとしているところを表現しているとはいえ、やはり写真は写真です。写真は写真の完成を目指してしまうからなのでしょう。また余談でしたね。「細川」の後ろに回った爺を驚かせたのは他ならぬ「細川」でした。あんなに端正な姿を見せていた「細川」が片腹をふくらましてやや傾いています。見込みを覗くとヘラでぐーっと押した感あり。そのヘラが「細川」の片腹を不均衡にしていたのです。爺は納得できました。このロクロ術をマスターせねばならないと。「茶の茶碗は均斉がとれていてはいけない。どこかに破綻がなければ」との旨を恩人から教えられていた爺は、恩人との出会いを思い出し再感動しました。

判っても出来る訳ではありません。繰り返し稽古の連続です。あの日、畠山記念館で出会った小井戸茶碗たちにも「細川」以上に激しいヘラ使いが見込みに刻まれていました。井戸のロクロ引きは普通ではロクロが引き終わったところから始まります。通常では削り成形する下腹の部分に、ヘラを当てて引き上げます。左手がヘラに対応する部分を支える結果、井戸の特徴であるロクロ目が生まれます。高台部を絞って糸切りすれば水引き完成。文章にすればこれだけのこと。ただし爺は思います。井戸特有のロクロ目というけれど、井戸が焼かれた時代の朝鮮半島のロクロ術としてはあたりまえではなかったのかと。井戸以外の名碗に胴部のロクロ目を認めるからです。

化粧土を掛けるところまで至りませんでした。長くなりましたので一休みいたします。(2010/11/10)

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