化粧掛けと高台削り
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寒い冬の日でした。高台削りを終えた大井戸素地に頃合いを見計らって化粧土を掛けます。ややもすると生乾きの大井戸の口縁が化粧土を吸って軟らかくなって指跡がつきます。なぁーんだ、以外と簡単なんだ、思い悩む必要なんかない、やってしまえばいいんだ。20分ほどして棚を振り返った爺は愕然としました。化粧を済ませた大井戸素地の大半が崩れています。見ている前で崩れていったものも。見事なドーナツ状をして腰部から崩れていきます。そうです。削って薄くなった部分が水分を吸った軟化に耐えきれず胴部と高台部に切れ分かれてしまうのです。 |
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正直白状すれば、爺が前項に書いたように化粧掛けをしてから高台削りをすればいいと、最初から気付いた訳ではありません。上記の失敗を経験したからです。ただ疑問に思っていたことは確かです。それは伝世の名碗の胴部と削り出された腰部の境界があまりにも鋭利なことです。腰部の削りを終えてから化粧土を掛けたのでは、あの鋭利さは望めないだろうという疑念は始めからありました。失敗こそ実になる経験です。爺は化粧掛けしてから削ることで関所のひとつを通過できました。これならよほどの寒い日か乾燥が悪いかのどちらかの条件以外、腰部にはまだ土があるので崩れません。 |
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ただし、ここに付け加えねばなりません。すべての古作の井戸がこうしたプロセスを経ているとは断言出来ません。名碗「喜左衛門」「細川」「有楽」「越後」の四碗には(爺の実見によりますが)少なくともカイラギの下に素地土がみとめられます。ということは爺の推測の可能性が大です。「筒井筒」も写真による判断ですが上の四碗と同様でしょう。しかし五島美術館の大井戸「美濃」は全体に化粧土が掛かっているように見受けられました。「美濃」の重さは390グラム弱だそうですから、サイズの割りに重い部類に入ります。藪内家に伝わる大井戸茶碗「燕庵」を実見したことはありませんが、資料を見る限り、やはり化粧土が全体を覆っているようです。ネット上で大きな拡大写真が見られる三保ミュージアム所蔵の小井戸茶碗「金森」もこの部類です。ということは化粧掛けの手順に統一性はないようです。それぞれの井戸を焼いたそれぞれの窯による違いかもしれないし、時代による違いなのかもしれません。爺には「美濃」の重さが違いの答えを暗示しているように思えます。 |
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爺は自作の井戸を携えて京都のある美術館を訪ねました。そこの館長さんに自作を披露すると、「華がない。高台に力がない」と評されれました。2年ほど前のことです。くやしい思いは力の源です。酷評も正しくなされれば感謝です。このとき爺が持参した大井戸は爺の推測によって焼き上げた、化粧掛けしてから削りを行った一碗でした。数日前七十歳に間違われた白髪いっぱいの還暦爺ですから、二年前とて華などありません。それは良いとして、高台に力が無いのは爺も認めるところでした。なぜなのか?爺は持論に固執するあまり、ロクロ引き後、やや乾燥させた素地土全体に化粧土を掛けていました。そして削り頃を見計らっての高台削りです。ところがこの方法ですと高台内の削りが困難になります。腰部はなんとかカンナの刃が立ちますが、高台内の削りに活きの良さを求めることは出来ませんでした。この酷評のおかげで爺は手順を変えることが出来ました。今の手順は、ロクロ引き後の素地土が適度に乾いたら(といっても、かなり生な乾燥状態です)高台内の削りを済ませてしまいます。再び乾燥。化粧土を高台畳付きギリギリに掛けて、また少し乾燥。ようやく腰部の削りに入ります。ロクロ引き後、腰部の削りが終了するまで季節が良ければ一日仕事。冬は二日にまたがります。 |
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しかし爺は先に高台内を削ってから化粧掛けする手順にはじめ釈然としませんでした。「そんな手間を掛けたの?」と古作を焼いた陶工へ聞きたい心持ちです。ところが思わぬ結果を爺は手にします。本歌の井戸茶碗の高台には、唐津茶碗の高台にまま有るような片薄高台(三日月高台)を見かけません。かなりきっちと高台の中心が出ています。それなのに本歌の井戸は高台部とその上に乗る胴体部とがずれています。喜左衛門井戸は腰部の一部が削り過ぎによって薄いので危ういとは、対馬の名陶工・小林東五さんの若き日の観察だそうです。削り時の中心がずれていると示唆しています。爺の目は「細川」にもずれを感じました。そして爺も腰部を削るとき難儀をしています。水引き後、一回目の高台内削り時、シッタ上で井戸素地はあまり暴れません。中心を出すのは楽です。ところがこのあと化粧土を浴びた生素地はイヤでも歪みます。二度目の腰部を削るには変形した素地土とにらめっこせねばなりません。つまり二度にわたる削りは中心をずらせます。爺が釈然としようがしまいが遙か以前に本歌がずれているのだから、なんらかの必然的理由があったと考えた方が自然です。で、この手順に爺は納得することにしました。ついでに加えますと、小林東五さんの指摘する喜左衛門井戸の評価に爺は同意しません。意図的でないズレや歪みは茶碗という存在の大切な要素と思うからです。若き日に織部に夢中になって盛んに器を歪めていた爺は、意図した歪みに飽きを感じました。どうにもならないズレや歪みは魅力的です。 |
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ここで忘れていたことを思い出しました。化粧掛けは素地が生乾きの内にと、昔読んだことがあり、疑いもしませんでした。でも思い立ちました。なぜ素地土が乾燥してからではいけないのだろうと。すぐ実験。結果、上手に掛かりました。この方が安全です。高台削りを終えてから充分に乾燥させて化粧掛けすればリスクが回避される。それなのに古作の陶工は煩わしい手順を考えたものだ。と、その器に指を触れたら、乾いた化粧土がホロホロと剥げ落ちていきました。昔の陶工の作業はやはり理にかなっていたのです。ただし材料の相性いかんで、この方法でも化粧掛けできるものもあります。とはいえそれは井戸の話しではありません。 |
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前々項の最後に記しました化粧土のレシピです。昔々、爺が李朝風を焼いていた頃の胎土のレシピは蛙目系の土に陶石と長石を混ぜたものでした。それをもとに改良を重ねて来ました。今は長石を使っていません。その替わり天草陶石系の原石を砕いて使用しています。検証出来ませんが、やはりスタンパーで細かくしたものは調子を上げてくれるようです。実は爺は長石を追放して井戸に挑んできました。今の焼物屋的に便利な長石が果たして井戸陶工も使えていたのか疑問です。長石が無いと仮定した結果、爺の井戸は有ります。この話しは後ほど。 |
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ともかく爺には古作の化粧土がわかりません。胎土に用いたカオリン系の土が豊富だったとしても、それでは化粧土はどこにあったのか。古作の化粧土は単味だったのか、それとも混合土だったのか見当がつきません。爺の作った井戸釉は人見知りが強く、化粧土の成分比に敏感です。少しでも石分が多くなると大きなカイラギ化をして施釉直後に剥がれます。土分を増やしすぎると全体の耐火度を上げてしまいます。なぜって井戸の化粧土は化粧だけの効果ではないのです。もちろんカオリン土の吸水率をさげる効能も求められています。そして表面を滑らかにする本来の役目も担っています。その上、井戸釉と手を結び共同作業で釉化を行なっているようなのです。(2010/11/12) |
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