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黄瀬戸と抜けタンパンについて
どちらかというと技術的な事柄なのです。

抜けタンパンは焼き方で出るのであって、決して液体の硫酸銅なんて使わないよ。
抜けタンパンを追っかけるより、黄瀬戸そのものを追っかけた方が抜けタンパンへの近道だよ。
と、そんなふうにかって別のサイトで黄瀬戸と抜けタンパンについて記述したことがあった。
それを整理の都合から消去してしまったのだが、たまたま「抜けタンパン」で検索してみて驚いた。
古いURLが残っていて、しかもそこに書類はあるはずもない。
僕の記事を読んでくださっていた方々がもしもいてくださったなら「ごめんなさい」。
そんなわけでもう一度僕の実体験を記述しておきます。

桃山美濃陶の代表作・黄瀬戸について僕が語るまでもないし、
そんな学識ももちろん持ちあわせがございません。
あくまで僕の黄瀬戸についてとの限定をご承知の上お読みください。

なにをもって「黄瀬戸」と呼ぶか難しいところ。
四百年前の陶工が現代黄瀬戸作品に採点してくれるわけはないのだからお互い言いたいことを言える。
そこで僕も辛辣に言ってしまうのだが、黄瀬戸と呼称していてもほとんどが黄伊羅保ではないの?
なぜなら僕にも黄瀬戸を釉薬としてとらえ、配合を工夫していた頃があったから。
その頃、僕は黄色を強く発色させようとあれこれ悩んでいた。
使っていたのは白い土。そうしないと釉薬に含まれる微量な鉄がきれいな黄色に発色しない。
ところが黄色を強くしようと釉薬の鉄分を僅かに増やしただけでタンパンが濁ってしまう。
考えてみればあたりまえ、銅主成分のタンパンの上に鉄が乗るのだから、そりゃ濁る。
それでも焼き方を工夫して抜けタンパンらしきものがようやく出来た。
しかし、抜けているだけで色は茶色。桃山のタンパンは抜けている側の緑が美しいのだ。
結論。伊羅保釉をもとに黄瀬戸と向き合ってもダメ。

上の写真の黄瀬戸鉢を焼いてもう5年ほどになるのかな。
最近、興味が井戸や奥高麗へ向いているので良い黄瀬戸が焼けない。
不思議なもので自家薬籠中のものにしたと思っても、それは幻想。
熱を入れ込んでいないと良い作品には育たない。
写真の作品は油揚げ肌といい抜けタンパンの発色といい僕の作品中出色。
器の内側の緑はすべて抜けタンパンだよ。

今の僕の黄瀬戸の土は茶色。鉄分を適量含んでいる。なにごとも度が過ぎないというほどに。
だから僕の黄瀬戸の黄色い発色はほとんど土から出る。
確かに使う灰にも鉄分はあるだろうからすべて土からと言い切れないけれど。
土は美濃の土。
写真の黄瀬戸はたまたま手に入った「もぐさ土」が良かった。
ただし含有鉄が多すぎたので減量に混ぜ物をしている。
普段は美濃産の蛙目系の原土をハタキ土にして使う。土の具合でそれに黄土を少々。
焼き上がりの肌合いを大切にするので、色々思いついたら工夫をするけどね。

数年前、集積回路を生産する日立工場を見学する機会に恵まれた。
丁寧に案内をしてくださった技術屋さんと意気投合した。
なぜなら彼は我らと同じ焼物屋さんだったのだ。
つまり集積回路の生産は、乱暴な喩えだが焼物屋さんの仕事だ。
現代のマスプロダクションの世界に住む彼等は歩留まりの追求が使命。
反対に僕らは「味」という名の適度の不良要素を作り出すため歩留まりを放棄する。
その方が歩留まりに都合がいいと逆な言い方も出来るけど。
ともかくその工場見学で目にした皆様にも役立ちそうなお話をひとつ。
集積回路を作るにあたっては銅インクをセラミックスの基盤の上に微細プリントして焼き上げていた。
銅は千度を少し超えたところで蒸発するから、それより低い温度で焼いているのだろうとは僕の想像。
驚いたのは窯の仕組み。
基盤にプリントした銅を酸化させないために、焼成中、特殊なガスを送り続ける。
たしか窒素と水素それに水。
特殊ガスは冷ます時にも使用するそうだ。
我々流に言えば強還元雰囲気焼成and徐冷。
それによって顕微鏡レベルでプリントした銅線がにじまずに焼き上がることになる。

気づいてくださったろうか、黄瀬戸のタンパンはこれとはまるで逆なのだ。
よくよく酸化をすることによって銅つまりタンパンは拡散する。
拡散は三次元的だから器胎の裏へも抜ける。これってだから抜けタンパン。
ただし、薪で焚いていた時代、焼成プロセス中に還元はつきもの。
良い黄瀬戸を焼くには経験上、還元が大切。還元域があるということ。

タンパンの材料にする銅に硫酸銅なんて危険なものは使いません。いりません。
白状すれば僕もタンパンは天然の硫酸銅だと本で読んでいたから、危ない材料作りをしたことがあった。
ところが故・荒川豊藏氏の記述によれば桃山陶工は銅銭を焼いて、それを擦って使っていたらしいという。
黄瀬戸の焼き方がだんだんと判ってきた頃、タンパンも特別なものでないと判ってきた。
発色が好きなので炭酸銅を使っているけれど酸化銅でも抜けタンパンは同じ。簡単に抜ける。
抜けタンパンは当たり前に起こること。

と、大見得を切ったが反省しているところだ。
タンパンは抜けるものと安心しきっていたら、最近抜けなくなった。
焼き方は同じ。ただし土を変えた。
黄色い発色に深みがあるからと土を変えても、タンパンを気にしていなかった。
焼物はやはり土から。反省しきり。石混じりのサクイ土がいい。

野口以織記(h17.5/30)

追記:日立の工場見学で目にしたことは黄瀬戸ばかりか、例えば釉裏紅を考える上で参考になる。
焼物屋は「なるようにしかならないこと」の観測者だね。