作者と作品>以織焼きを名乗るについて

黄瀬戸を探るうちに身に付いた技法を使って作っているのが「以織焼き」なんだ。
だから「変わり黄瀬戸」とも称している。
でも黄瀬戸とは呼べないものまで表れてきてしまって、そこで固有の名称を付けることにしたのだが。

桃山時代、辻が花染めが流行っていたころ焼物はやはり織部だね。
江戸時代の始め仁清が京都で上絵付けのカラフルな焼物を完成させるのに呼応して、
着物の世界では元禄時代に宮崎友禅斎が友禅染めを創案する。
となると現代はプリントの時代。布ばかりか焼物もプリント模様だ。
それも一昔前と笑われてしまう。集積回路はプリント焼物の最先端だものね。

四百年前の辻が花染めに感化されて「以織焼き」を名乗るなど、
私・以織じじは時代錯誤もいいところなのだが、
5年前のある日、上の私の作品写真にあるような辻が花染めのオリジナル版を目にしたんだ。
1530年を表す書き付けが縫い込まれた古い布だった。もとは小袖であったものを「幡」に仕立ててある。
それが実にいい。大胆で、おおらかで。辻が花染めとして未完の感あり。

桃山にありそうでない現代の焼物を焼けないものか。
釉薬をなんべんも重ね合わせることで以織じじなりの表現を見つけたよ。
そこで素直に「辻が花焼き」を名乗ろうとしたら、相談した弁理士さんから却下された。
焼物として存在はしないけれど、名称は既に登録してあるんだってさ。
しょうがないよね。そこで「以織焼き」。

名乗るのは簡単だったけど、作品は難しい。
野口以織記(h17.5/29)