大日堂縁起

〈大日堂中尊〉大日如来(秦野市教育委員会発行「秦野市の仏像」より転載)
上記画像使用については宝蓮寺様より許諾をうけております。
縁起によると天平14年(743年)聖武天皇勅願所として大日堂を建立し
、覚王山安明院国分寺として再興させたとあります。
縁起には「大檀那」として聖武天皇、光明皇后、「本願」行基、「導師」良弁と記されているそうです。
歴史に照合すると聖武天皇は天平13年に国分寺建立の詔を、天平16年には東大寺大仏建立の詔を発しています。
面白いのは大日堂建立はすでに存在した寺院の復興と位置づけられていることで、
その時点で「古仏あり」と記されていることです。この「古仏」とは一体?この地の想像がふくらみます。
現在、大日堂のご本尊は五智如来です。
五智如来とは大日如来、阿しゅく如来、宝生如来、釈迦如来、阿弥陀如来の五体の仏です。
学術的には平安時代後期の作とされていて、五体とも一木造りの仏像です。
そして当初から五体揃って一具のものと考えられているそうです。
それにしても平安時代の五智如来が五体揃っていることは全国的にも稀で、
学術的にも貴重な存在と秦野市教育委員会発行の「秦野市の仏像」は語っています。
このうち大日如来像は神奈川県指定文化財です。
※阿しゅく如来の「しゅく」という漢字がこの古いパソコンにはありません。ご容赦を。
加えて堂内に安置されている聖観音像も古いものです。
もうずいぶん朽ちてしまっていますが、2メートルをゆうに超す豊かなお姿は平安仏そのものです。
秦野市指定文化財。
現在の大日堂は江戸時代に建てられたものです。「金剛王殿」と刻んだ扁額が掲げられています。
縁起にあるように奈良時代の仏様が遺っていたらうれしいものです。
明治初頭の廃仏毀釈によって、この大日堂境内の伽藍もずいぶん被害にあったそうで、
幾多の貴重な仏様が壊され遺棄されました。しかしながら幾体かの部材は保管されており、
いずれいつかは、そのお姿を顕してくれるやもしれません。
実は大日堂右奥の石段を登った上の「お不動様」こそ、この地最古の仏像と考えられています。
大日堂の秘密の鍵をしたためたまま千年以上お口を閉ざしています。
※なにぶん素人の編纂です。一般的に手に入れられる資料をもとにしか記述できません事をお断りしておきます。
新しい情報や画像が入り次第、その項を更新するつもりです。(2010/11/20)
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